もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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研修のころ  昔話 ふたたび

循環器医として修行時代の話です.
まだ20歳になるかならないかの若い女性が
風邪症状で来院されました.
血圧は80程度しかなく、心音を聴取すると
心音が非常に小さく、ひどい不整もありました.
胸部レントゲンで、著明な心拡大、胸水貯留、肺うっ血があり
心不全で緊急入院となりました.

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心エコー検査では、左室壁運動がびまん性に低下し
左室が拡大していました.
病歴、検査所見から心筋炎と診断されました.
心臓外科の先生が中心となり治療を行っていました.
まだそのころは、やっとIABPが使えた頃であり、
今の様な経皮的人工心肺 PCPS装置がまだなかった頃の
話です.人工心肺といえば、心臓外科手術でオペ室で使われる
巨大な大掛かりな人工心肺装置があっただけでした.
その方は、劇症型心筋炎と考えられ
日に日に心不全症状が増悪、考えられるあらゆる薬物治療を
試みましたがその病魔の進行を食い止めることはできませんでした.
心臓外科医の先生の判断でIABPが挿入され
心臓補助が開始されました.
しかし、IABPを開始しても さらに病状が悪化しました.
入院して1週間目についに心室粗動から心室細動を
起こしてしまいました.抗不整脈剤を投与しながら
皆で懸命に心臓マッサージを行いました.
あらゆる薬剤、除細動にもかかわらず、心室細動は持続しました.
ただひたすら皆で懸命に心臓マッサージを続けました.
心臓マッサージで血流が確保されている間は
患者さんは、目をあけ、呼びかけにもうなずくのでした.
まだ20歳の若い女性を
こんなところで失ってはならない.
医局のほとんどの医者が、その患者さんの病室に集まって
交代で必死に心臓マッサージを続けました.
結局5時間以上、心臓マッサージを続けました.
どの医師も必死でした.

....けれども懸命の治療にもかかわらず
最期には、心臓マッサージでも患者さんは目をあけず反応もなくなり
心電図もフラットになってしまいました.
2日でも3日でも、いつまででも心臓マッサージを続けても
その患者さんを救いたかったのに.

普段冷静な心臓外科の先生も号泣されていました.
本当に残念でした.
いまでもあの時の心臓マッサージの感触を思い出します.

現在では、小型化した経皮的人工心肺装置 PCPSが広く
使用されるようになり
このような劇症型心筋炎においても PCPSを装着することにより
救命が可能になってきています.
たぶん、今の時代であれば、あの人を助けることができたかもしれません.
医師個人の技量の限界だけでなく
その時代時代の医療の限界というものが たしかにあります.

たぶん、医師としての仕事をやめるまで
心筋炎で失ったあの人のことを忘れることはできないと思います.
元気であれば、今ごろは幸せな結婚をし、子供にも恵まれていたかもしれない
その人の人生のことを.


皆さんの力を借りて
これからもやっていこうと思っています.

循環器科 進

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by yangt3 | 2006-01-26 09:52 | 一般