もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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ブログ1万人訪問突破 ー  ありがとうございます.

2005年10月末から始めた、このささやかなブログですが
昨日をもってのべ1万人の方に訪問していただきました.
本当にありがとうございます.
最初は、院内職員向けとして
スタッフ教育の場として、ブログを始めましたが
スタッフ以外の院外の方々や
様々な方々にささえられて今日までやって来る事ができました.

このブログのささやかな歴史は
東可児病院に循環器科を創設しカテーテル治療を行うという
私を含めた心カテスタッフの努力の歴史でもあります.

1万件突破を一つの区切りとして
またこれからさらに頑張って行きたいと思っています.

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ブログ訪問一万件を突破したことにちなんで
今一度、原点に帰ってみようと思います.

研修医の頃、一人ではなにもできなくて
諸先輩方の素晴らしい技術や知識を目の当たりにして
とにかく少しでも臨床医としての技術を向上させることに
専念していました.
腕が未熟な研修医にもかかわらず
主治医として、私を信頼してくれた沢山の患者さんたちのことは
今も覚えています.
急性心筋梗塞で、まだカテーテルも出来ない私が
主治医となってお世話した方は、
いまだに私に年賀状を送ってくれます.

上級医とともに何度も何度も内視鏡治療を行った
肝内結石の患者さんや難治性食道静脈瘤の患者さんも
忘れられない人たちです.

古高先生のもとで循環器医として修業するようになって
カテーテル治療で沢山の人たちを
助ける事ができるようになりました.
それでも、その時点での医療レベルから
残念な結果になる方もおられました.

ステントがない時代の急性心筋梗塞や
経皮的人工心肺がない時代の心肺停止など.
自分たちのもてるものを全て治療にぶつけても
それでも救う事の出来なかった方たち.
一人ひとりを忘れる事ができません.

白血病の末期の状態で、
なんどもなんども抗がん剤治療を行った後
それでも状態が悪くなった時に、その患者さんが私に言った言葉
「先生、最後まで私のそばに居てくださいね.
私が死ぬ時には、傍らに居てくださいね」
今も耳に残っています.

こうして数多くの患者さんたちが私に宿題を残して行きました.
私が見送った患者さんたちは、こういっているのです.
「まだまだ立ち止まっては行けない、もっと頑張りなさい」

そして、志半ばで急逝された私の上司である古高先生のこと.
別れの時に、古高先生のお姉さまが私にこう告げました.
「どうか弟の遺志を継いでやってください」

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だから私の原点、医師としてのかなめは
遺志をついで、立ち止まらずに頑張る事、です.

世の中には、ノーベル賞級の研究や発見を行い
そこから全世界の人を救うという天才もいます.

私は、凡才であり、とてもそんなマネはできません.
自分の目の前の仕事を一生懸命やっていこうと思います.
自分らしく、平々凡々と.

縁あって私は、
いま東可児病院の循環器科医として働いています.
東可児病院を少しでもよい病院、
みなさんに役に立つ病院にすることが
今の私の努めだと思っています.
古高先生に教えられた事を、古高先生の夢を
この東可児病院でさらに発展させるのが今の私の目標です.

そんな私を、内科の浦先生や、レントゲンのスタッフ、
MEスタッフ、オペ室スタッフ、病棟スタッフ、
そして院長、副院長が応援してくれています.

これからもどうかよろしくお願いします.
by yangt3 | 2006-05-22 00:13 | 一般