もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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破裂 を読む

私たち循環器科の医師は
心臓病の治療を行っています.
最近の医療の進歩によって
私が研修医の頃であればどうしようも
なかったような患者さんも救命できるように
なってきています.

高齢者でも高度なカテーテル治療が可能となり
救命率、余命の改善に繋がっています.

その反面、心臓は問題ないが
脳卒中などで寝たきりになる、といった方も
増えています.

現在のところ、心臓病は治療可能でも
脳卒中で半身麻痺、重度な麻痺、意識障害を
来した患者さんに対しては
医学は無力であります.

ただ生き永らえるのではなく
人間としての尊厳が尊重され
人間としての活動が保障されるような治療こそ
必要なのだと思います.

とある開業医の先輩医師に
循環器の医者は、心臓だけ丈夫な
寝たきりの高齢者を増やしていると
苦言を呈されてしまいました.

破裂 を読む_a0055913_19485454.gif





循環器科医師として
これからの超高齢化社会を迎えるにあたり
深く考えさせられる本がありました.

破裂 久坂部 羊 著
幻冬舎 1800 ¥

破裂 を読む_a0055913_19504173.gif


本の帯には
医者は、三人殺して初めて、一人前になる.
という刺激的な言葉が載っています.

本の内容としては、いわゆる医療ミステリーです.

ー医者の診断ミスで妻を傷つけられた元新聞記者の松野は、
 “医療過誤”をテーマにしたノンフィクション執筆を思いつく.
 大学病院の医局に勤務する若き麻酔科医・江崎の協力を得て、
 医師たちの過去の失敗“痛恨の症例”や被害患者の取材を開始した.
 その過程で、「父は手術の失敗で死んだのではないか」と疑念を抱く
 美貌の人妻・枝利子が、医学部のエリート助教授・香村を相手に
 裁判を起こすが、病院内外の圧力により裁判は難航.
 その裏で医療を国で統制しようと目論む“厚生労働省のマキャベリ
 ”佐久間が香村に接触を始める….
 枝利子の裁判の行方は?権力に翻弄される江崎と松野たち.
 佐久間の企図する「プロジェクト天寿」の全貌が明らかになり
 日本老人社会を大きく揺さぶって行きます.
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医療ミステリーとしてこの書を読めば
白い巨塔 と同様の大学病院の医局の複雑な人間関係と
教授選にまつわる、どろどろとした人間関係が描かれており
後半の医療裁判も、ショッキングな事実が
次々と明らかになり一気に読み終えてしまいます.

白い巨塔と同様に阪大医学部をモデルにしていますが
消化器外科ではなく心臓外科が今回の舞台となっています.

ネタばれになってしまいますが
僧帽弁狭窄症のために大学病院で
心臓手術(僧帽弁置換術)を受けた患者さんが
手術後5日目に、原因不明の心タンポナーデを来たし
突然死してしまいます.
執刀したのは、教授選をめざす、エリート助教授の香村.
心臓手術の際に なにか医療ミスがあったのか.

現役の医師が著者とあって描写は
医療関係者としてこの本を読んでも、けっこう楽しめます.

単なる医療ミステリーとしてではなく
介護や高齢者問題を深く掘り下げた書でもあります.

この書のなかで
介護を受けておられるかなり高齢の方々は
「不自由な身体で、皆に迷惑をかけるくらいなら、
元気なままポックリ死にしたい。」と思っていて、
厚生省官僚である佐久間がその手助けをしようとします.
寝たきりの高齢者ではなく
元気に過ごしてぽっくりいきたい
ぴんぴんポックリ(PPP)という言葉が紹介されます.
そのために恐ろしい副作用をもつ
心不全の治療 ペプタイド療法が行われます.

久坂部氏は「廃用身(はいようしん)」という本も
書かれています.
この本では、脳梗塞などで半身麻痺となってしまった
不自由な体を、再び自由にするために
とあるショッキングでドラスティックな方法が
紹介されていきます.
この本も合わせて読まれると
著者の意図がさらに明確に理解できるものと思います.

医療者自身も、自分の父や母が高齢となり
介護や老人医療を自分のこととして考えて行かなければ
なりません.もちろん自分が年老いた時のことも
いずれ考える時期がきます.
この書で提示された治療は、極端なアンチテーゼです.

循環器科医師としては、心臓が元気なだけの
寝たきり状態、植物人間状態では意味がないのだと
思います.

元気に過ごせるための治療こそが
高齢者に必要なものだと思います.

日々、高齢者の方々の医療に立ち向かっている
スタッフにも一度目を通していただきたい本です.
by yangt3 | 2006-07-13 19:51 | 皆さんに紹介したい本