もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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ジョンソン・エンド・ジョンソンの社長にお会いしました!

平成19年8月28日(火曜日)は
前日に行ったPCI(冠動脈カテーテル治療)の患者さんの
回診のために、朝早く病院に出勤.

血液検査も、心電図も問題なく、一泊二日の入院で
ステント植え込み治療が完了し、退院許可を出しました.

午前中は、そのまま循環器外来へ.
月曜日から外来でのオーダリング処方が始まり
処方入力に追われてあっという間に時間が過ぎてしまいます.

お昼も食べずに、そのまま1例目の冠動脈造影に入りました.
そのまま2例目の検査に突入.

左総腸骨動脈、左浅大腿動脈に狭窄があり
PPI(末梢カテーテル治療)を行い、無事に治療が完了しました.

夕方に、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の
代表取締役社長である松本 晃 氏が 来院され
お会いすることができました.

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かたやMacが好きなだけの
一介の地方病院の循環器の医者.

そしてかたや世界企業ランキングの制約ヘルスケア部門で
トップ3にはいる大企業社長さんです.

この二人の会談がどのようなものであったか.

そんな大げさなものではなく
世間話をちょっとしただけですが
松本氏とお話ししながら
思った事が二つあります.

一つは昔の思い出(歴史)のこと
もう一つは最近ちょっとはまっている組織論(リーダー論)です.

まずちょっと私の思い出話にお付き合いください(笑)

いまや、Cypher を始めとする薬剤溶出ステント治療により
狭心症、心筋梗塞の治療が大きく様変わりしてきました.

従来のステントで問題となっていた
植え込み後の再狭窄、再発が、薬剤溶出ステントを用いる事により
再狭窄がほとんどゼロになったからです.

坑血小板薬の副作用の問題とか、内服を長く続ける必要があるとか
細かい議論はあるにせよ
薬剤溶出ステントが登場するまで
いかに、ステントの再狭窄に、現場の循環器の医者が
苦しんで悩んでいたか、ということです.

昔々のある時に、
50代の男性ふたりが狭心症のため、相次いで
カテーテル治療を受ける事になりました.
お二人とも、似たような部位の左前下行枝の病変で
当時の一番性能のよかったステント植え込み治療を
ちょうど同じ時期に行いました.

もちろん薬剤の塗っていない、普通のステントです.

バックグラウンドとしては、高脂血症とか耐糖能異常とか
お二人ともだいたい似たようなものでした.

治療も私と古高先生が同じように行いました.

そしてお一人の方は、3ヶ月たっても6ヶ月、1年経っても
幸いに再狭窄はほとんど起きないで
一回のカテーテル治療で、その後問題なく過ごされる事になります.

残念なことにもうお一人の方は
3ヶ月目で、ステントの再狭窄が出現し、再度カテーテル治療を
受けられました.
2回目の治療を行った数ヶ月後の冠動脈造影検査で
やはり再狭窄が出現していることが判明.
3回目のカテーテル治療を行いました.

3回の懸命なカテーテル治療にも関わらず、結局
三度、再狭窄を繰り返し
最後は、バイパス手術を受けられる事になりました.

今の 薬剤溶出ステント全盛期(DES era )においては
想像もつかないことですが、当時はこれが現実でした.

カテーテル治療を5回以上行ったと言う話を
他の病院で聞いた事さえありました.

そもそもさらに歴史をさかのぼって、まだステントさえ登場
していなかった時代.
それはそんなに昔のことではありません.

1990年になるまでは、まだ冠動脈の治療はバルーンが主流であり
ひたすら狭窄病変、閉塞病変をバルーンで
拡張するしかありませんでした.

バルーン治療のみでは、十分な治療にならず
急性冠閉塞となって、IABPを挿入し緊急バイパスとなる症例も
まだまだ多かった時代でした.

世界でステントが臨床応用されたのは、1980年代後半です.

日本では、それから遅れる事数年の1990年代になってから
ステントが使えるようになりました.

もう現物を見た事がある人も少なくなったと思いますが
日本で最初に使われるように成ったステントが
Palmaz-Shatz Stent(PS ステント)であり
ジョンソン・エンド・ジョンソン社から出されていたのです.

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この最初のステントは、今から思うとかなり大変なステントで
まずステントデリバリーシステム(SDS)と呼ばれるもので
ステントが覆われていました.

バルーンに仕込んだステントの脱落を防ぐ為に
冠動脈病変をクロスするまでは、カバー(さや)で覆ったままにして
病変に到達したところで、カバーを引き抜き
ステントを植え込みするという代物でした.

ステントの通過性も操作性ももちろん、あまり良いとはいえず
ステントを冠動脈病変に持ち込むことが
本当に大変なことでした.

その頃のカテ屋が行っていた事は、この使いにくい植え込みシステムを
用いずに、ステントを外して
他のもっと性能のよいバルーンに乗せ変えて使っていました.
いわゆるステントリマウントという手技です.
歴史的な手技ですね.

私と古高先生が最初に臨床で使用したのがこの
ジョンソン・エンド・ジョンソンのパルマッツ・シャッツステントでした.

そして記念すべき1例目のステント植え込みには
湘南鎌倉病院の齋藤 滋 先生をお迎えして
行った事が懐かしい思い出です.

そして齋藤先生による、Palmaz-Shatzステントの
リマウントによる植え込みの実際を見せていただきました.

その後、さまざまな新しいステントやニューデバイスと呼ばれる
様々な治療器具が登場しましたが
カテーテル治療後の再狭窄の問題という
大きな壁の前に突き当たる事になったのです.

再狭窄を解決した最初のソリューションが
ジョンソン・エンド・ジョンソンから出た
薬剤溶出ステントである Cypher ステントだったのです.

薬剤溶出テント登場から数年を経過し
再狭窄の問題はほぼ解決され、
カテーテル治療は新たな局面を迎えているとうことです.

このように私の循環器医師としてのキャリア、歴史の中で
ジョンソン・エンド・ジョンソンとその製品が
素晴らしいブレークスルーとして、大きな位置を占めてきました.

最初の Palmaz-Schatz ステントは、故 古高先生の思い出とともに
あります.

古高先生は、ジョンソン・エンド・ジョンソンから発表される予定であった
薬剤溶出ステントCypherを本当に楽しみにして
おられました.

Cypher が使えるようになったら
バイパス手術が減ってしまうよね.
循環器内科医がカテーテル治療で心臓を全て治す
時代がやって来るのだね.
なんて再狭窄に悩まされた暗い時代から
やがて訪れる明るい未来をとても楽しみに
語っていた笑顔が、今でも思い出されます.

結局、古高先生は、実際に薬剤溶出ステントを目にして使う事はなく
この世を旅立っていかれました.

なによりも患者のことを思い、そして新しいものが大好きだった
古高先生が、薬剤溶出ステント Cypher をどれだけ
楽しみにしていたか.

私一人で、Cypher を使うたびに、いつも
古高先生のことを思い出したりしています.

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それにしても大企業の社長の地位にあるかたが
片田舎の病院の循環器の医師を訪問するというのは
ちょっとびっくりすることではあります.

勇将のもとに弱卒なしといいますが
私の理想とするリーダーというのは
やはり常に現場の最前線にあって士気をとるものだと
そういう思いがあります.

バブルの頃ならいざしらず
先行き不透明で、あらゆる価値観がゆらぐこの時代には
やはり現場の空気を知った指導者が望まれていると思います.

先の記事に書いたように
組織のリーダーたるもの

 第一に、人材、事業、お金、リスクについて目利きであり
 バランスのとれた判断力があること.

・第二に、この時代にフィットしていること.

・第三に、私心がなく高潔であること.
 自分の野心や私利私欲のために働いていないこと.

・第四に、グレート・コミュニケーターであること.
 組織やスタッフや地域社会に対して
 全体としてこの方向に進むのだという「大きな絵」を
 説得力をもって語る力があること
 立板に水である必要はなく、朴訥であっても、
 その人の良さがにじみ出るようなコミュニケーション、
 誠実さを感じさせて、どこか惹かれてしまう
 コミュニケーションがあること.

こうした資質が必要だと、いま強く思います.
黙って人が着いてくるとか、黙っていても
勝手に周りがうまく動いてくれるというような
そんな時代ではないようです.

グレート・コミュニケーターを心より求めています.

日々の社長職で忙しいはずの松本氏が
わざわざ可児まで訪問していただけたことで
何かを感じさせられたのは確かなことです.

ジョンソン・エンド・ジョンソンのホームページは
こちらです.
http://www.jnj.co.jp/entrance/

ジョンソン博士のやさしい医療講座
http://www.jnj.co.jp/jjmkk/dr/index.html

いつもお世話になっている
ジョンソン・エンド・ジョンソンの担当のY.Iさんの記事があります.
こちらもよろしければご覧ください.

薬剤溶出ステント Cypher の患者カード
http://tomochans.exblog.jp/3762000/

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そういえば、社長さんとの面談や病棟のあれこれで
結局この日は
お昼ご飯と夕ご飯が一緒になりました.
(つまりお昼抜きって事です)
by yangt3 | 2007-08-29 00:04 | ニュース