急性心筋梗塞への新たな取り組みーフィルトラップの使用経験
2007年 11月 05日
最初の救急対応をきちんと行うということがあります.
当院は、循環器のカテーテル検査・治療が可能な病院として
循環器救急にもできるだけ
対応できる体制作りに勤めています.
マンパワーや設備に限界があり、心臓外科を併設していないため
重症患者においては、当院で、必要な処置、治療を
行った後に、近隣の期間病院に搬送という手順になります.
10月のカテーテル治療実績を振り返ってみると
実に急性冠症候群、急性心筋梗塞症例が
3割近くを占めていました.
当院の循環器診療の実際において
いかに緊急対応が大きなウェートを占めているかと
いうことです.
急性心筋梗塞、急性冠閉塞への対応システムには
特に意を尽くしていて
カテ室コール15分で、カテがスタートできる体制を
この2年で作り上げました.
今回、さらに急性心筋梗塞の治療について
新たな取り組みを行いました.
急性心筋梗塞や急性冠症候群においては
不安定プラークの破綻と急激な冠動脈血栓形成が
病態の発生の原因となっています.
言葉を変えればスタチン治療などで
安定したプラークは、こうした破綻にいたることがなく
急性心筋梗塞や急性冠症候群を発症するリスクが
少ないという事になります.
逆に不安定プラークと呼ばれる病変では
冠動脈血管壁に、コレステロールや参加資質物質が
どんどん蓄積されて「脂質コア」と呼ばれる
危険な病変を形成しています.
スタチン投与による適切な高脂血症の治療により
こうした不安定狭心症の原因となる不安定プラークを
安定化させて急性心筋梗塞や急性冠症候群の発症を
未然に防ぐというのが、循環器外来での治療の
大きな目的の一つでもあります.
さらには急性心筋梗塞や急性冠症候群を引き起こす前に
いかにして、これらの危険な不安定プラークを
より低侵襲な手段で検査、発見することができるかというのも
現在の大きな研究課題となっています.
通常の冠動脈造影のみでは、不安定プラークの診断には
不十分であり、血管内超音波(IVUS)と呼ばれる検査を
行う事でより確実な診断が可能です.
しかし、全ての患者さんの検査に、この血管内超音波を
行うのは、非現実的であります.
現在最も注目されているのが
64列CTを用いた冠動脈CTによる不安定プラークの
診断です.将来、よりデータが蓄積されれば
不安定プラークの診断が、より簡単なCT検査で
より正確につけられるかもしれません.
現状では、とにかく緊急で搬送される
急性心筋梗塞症例や急性冠症候群症例に
いかに迅速に、きちんと診断と治療が行えるかという所に
重点を置いて診療に望まなければなりません.
急性心筋梗塞では、プラーク破綻による
多量の新鮮血栓により冠動脈が完全閉塞しています.
冠動脈の血流を再開させるためと
血栓が冠動脈末梢に流れて、末梢冠動脈を閉塞し
さらなる合併症や心筋梗塞の発症を引き起こす事を
防ぐ為に、最近では、カテーテルでもって
この多量の冠動脈血栓を吸引除去しています.
具体的には、AsprayやThrombuster と呼ばれる
専用の血栓吸引用カテーテルを用いています.
こうしたカテーテルを使って血栓吸引を行うと
実に多量の血栓を取り除くことができます.
このような血栓は赤色血栓と呼ばれます.
これほどの大量の冠動脈の血栓を放置すれば
どのようなことになるかは、いうまでもないことです.
ある症例で、このようにカテーテル血栓吸引を行ったところ
赤色血栓ではなく、まさしくプラーク内の
コレステロールそのもの、脂質コアと呼ばれる部分そのものが
吸引されたことがありました.
このような血栓は白色血栓と呼ばれて
同様にプラーク破綻の原因となるばかりか
血栓物質が冠動脈の末梢に流れて
大きな合併症を引き起こす鯨飲となります.
こうした症例の冠動脈を血管内超音波(IVUS)で詳細に検討すると
脂質コアの脂質の部分が血栓となって抜け出た
まるで抜け殻のようになった不安定プラークを
観察することができます.
矢印で示した部分が脂質が血栓となって
抜け出た部分になります.
急性心筋梗塞や急性冠症候群の症例においては、
赤色血栓のみならず、不安定プラークからこうした白色血栓を含む
さまざまな血栓が末梢に流れ出て
冠動脈末梢を障害するおそれがあります.
たいていの場合、カテーテル血栓吸引で対応可能ではありますが
もちろん100%確実ではありません.
こうした冠動脈病変から漏れでたプラーク塞栓による
さらなる冠動脈障害を予防することを
末梢保護と呼んでいます.
これまでに GuardWireシステムと呼ばれる
末梢バルーン閉塞デバイスが実用化されています.
これは、冠動脈の末梢で治療の際に、専用のバルーンを
膨らませる事により、病変、プラークから流れた様々な
血栓、塞栓物質を、末梢に流れないようにするための
専用器具です.
冠動脈内の専用バルーンでせき止められた
血栓や塞栓物質は、血栓吸引カテーテルで吸飲除去するという
段取りです.
問題は、この末梢保護デバイスの使用がかなり複雑であるということと
より細い冠動脈末梢血管で、バルーンを閉塞することによる
冠動脈への障害が懸念されること.
基本的には、バルーンで血栓や塞栓物質を食い止めても
それを除去する手段は、これまで通りに
吸引カテーテルであること、などが問題となっていました.
実際には、このGuardWire 末梢保護システムを使いこなすには
かなり煩雑で、急性心筋梗塞の治療には
なかなか使いにくいという印象があって
私たちのカテ室では、もっぱら血栓吸引カテーテルによる
治療が主でした.
今回、新たなコンセプトで作られた末梢保護専用の器具として
血栓異物除去用カテーテル「フィルトラップ」
(ニプロ、日本ライフライン)を使用する機会が
ありました.
これは、先端が金属製のバスケット構造となっていて
浮遊する血栓や塞栓物質を、フィルターとなって
捕捉し除去する専用器具です.
例えば総胆管結石の内視鏡治療において
バスケット鉗子と呼ばれる器具を使いますが
ちょうど似たような構造となっています.
同様のコンセプトで、一時か大静脈フィルターも
こうしたバスケット様の構造となっています.
今回使用した症例は、不安定狭心症です.
左前下行枝に多量の脂質コアを含む不安定プラークを
認めました.
血栓吸引カテーテルだけでは対処が困難と考え
この新しいデバイスであるフィルトラップを使用しました.
図(冠動脈造影)
血管内超音波で病変を確認すると
病変内に多量の脂質コアを認めました.
通常通りの治療では、多量のコレステロールを含む
血栓、塞栓物質が末梢に飛んで
多大なる合併症を引き起こすものと懸念されました.
フィルトラップと呼ばれる末梢保護デバイスを
今回使用しました.
予想通り、通常のバルーンによる拡張を行っただけで
多量の血栓が、フィルトラップのバスケットの中に
捕捉されました.
フィルトラップ内に多量の血栓が捕捉されたため
フィルターより末梢の血液の流れが悪くなっています.
すぐにステント植え込みを行い
カテーテル血栓吸引を行ったあとに、フィルターに捕捉された
血栓ごと、このフィルトラップ血栓除去システムを
体の外にだします.
微細な血栓もきちんとフィルターの中に捕捉されて
大きな合併症を起こす事なく
治療を終了することができました.
この症例はステント植え込みにより
良好な拡張を得ています.
こちらが治療終了後に体外に取り出した
フィルトラップです.
フィルターの先端に、血栓物質が捕捉され
詰まっています.
これらの塞栓物質、血栓物質を除去することなく
末梢に流れ込んでいたら
また大きな治療の合併症に繋がったと思われ
改めて
フィルトラップによる末梢保護を併用した
治療の有用性を再認識しました.
当院では、緊急の治療症例が多い為
血栓吸引カテーテルだけでなく、
今回使用したフィルトラップを用いて治療を行う事で
より安全で確実な緊急治療が可能になると思います.
どのような緊急症例に、今回使用したフィルトラップが
有用であるかは、これから検討を重ねたいと思います.
当院では、緊急症例もほぼ100%近く、血管内超音波(IVUS)を
使用して治療を行っています.
今後、冠動脈造影にて、多量の冠動脈血栓を認めた症例には
まず血栓吸引カテーテルで対応し
引き続き行うIVUSの所見で
今回のような不安定プラークを認めれば
さらにフィルトラップを併用して
緊急治療を行うというストラテジー(治療戦略)を考えています.
フィルトラップの使用方法については
諸先輩方の経験を、積極的に取り入れていきたいと思います.