もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

忘れ得ぬ思い

忘れ得ぬ思い、遺志を継ぐということがあると思います.

阪神大震災を経験した神戸の街で
市民究明しが増え続けているそうです.

震災を忘れぬ証し、恩返しという強い思いが
今も神戸の街で生き続けているのだと思います.

--------asahi.com 2008.01.08
神戸の市民救命士30万人 人口の2割「震災忘れぬ証し」
http://www.asahi.com/national/update/0107/OSK200801070020.html

 95年の阪神大震災で4500人以上が亡くなった神戸市で、
 震災以降、消防庁が定めた救命講習を受け
 「市民救命士」の認定を受ける人が増え続けている。
 市は2年前、民間が救命講習を主催できる全国初の試みを始め、
 市民救命士の数は昨年末時点で延べ30万人を超え、
 全国3位になった。あの日、がれきの下に6時間閉じこめられて
 見ず知らずの住民に助け出され、
 「恩返しに」と市民救命士の養成を続ける男性もいる。

a0055913_2359197.gif






(以下、記事より引用)
 同市東灘区の篠嵜(しのざき)正昭さん(59)は震災の朝、
 自宅アパートの1階で寝ていた。突き上げる揺れを感じた直後、
 轟音(ごうおん)が響いた。目を開けると、眼前に天井があった。
 「動けない。助けてくれ」。何度も叫ぶうち、意識が遠のいていった。

 正午すぎ、「生きてるか、大丈夫か」との声で意識が戻った。
 10人ほどの住民が、引っ張り出してくれた。
 「生き埋めの人がたくさんおってな、待たせてごめんな」。
 服を泥だらけにした若者たちは、そう声をかけるとすぐに立ち去った。
 仕事が忙しく、近所付き合いはろくにしてこなかった。

 「次は自分が誰かを救う番だ」。心に決めた。

 97年、市消防局主催の講習を受けて市民救命士の認定を受けた。
 2年後、さらに高度な講習を受け、
 同局から市民救命士を目指す市民を指導する
 「救急インストラクター」に認定され、
 ボランティア団体「神戸救急グループ」を立ち上げた。

 被災体験や被災者への思いが多くの人を市民救命士へといざなう。
 震災で全壊した近所の家からお年寄りの女性を助け出した
 泰地(たいち)英雄さん(65)=同市須磨区=もその一人だ。
 救出時に住民同士が笑顔で拍手し合った光景が忘れられなかった。
 06年、「震災体験を生かそう」と顔見知りの篠嵜さんに誘われて
 市民救命士になり、インストラクターの認定も受けた。

 震災後、九州から神戸市北区に転居してきた富山里美さん(28)は
 昨年、震災犠牲者の氏名が刻まれている
 「慰霊と復興のモニュメント」(神戸市中央区)を訪れたのを機に
 「自分ができることは何か」と考えた。
 区役所の紹介で神戸救急グループに入り、
 今月末には市民救命士認定のための講習に参加する。

 神戸市では震災以降、市民救命士の認定を得ようとする
 市民が年2万~3万人と、震災前の約2倍に増えた。
 市は06年、それまで市の主催に限っていた統一講習を、
 救急インストラクターが所属する民間団体も主催できるよう、
 全国で初めて要綱を改正。民間の指導で市民救命士の認定を受けた人は、
 1万1000人を超えた。市の人口(約153万人)の
 かなりの割合が市民救命士に認定された計算だ。

 神戸救急グループには現在、
 救急インストラクターの認定を持つ会社員や主婦など約20人が参加。
 月に2、3回、消防署や自治会の集会所などで救命講習を開く。

 篠嵜さんは「13年たっても市民が震災を忘れていない証しだと思う。
 災害のときこそ、住民同士の助け合いの力が試される。
 体が動く限り、応急手当ての方法を教えていきたい」と話す。
----------------------------------------------------------------------
こんな風にして忘れ得ぬ思いを引き継いで
震災の体験を活かしていこう、と考える市民の方が
多数おられるということに、本当に感銘を受けました.

直接の体験がない私たちも
神戸の市民の方々の思いを、受け止めて
私たち自身の思いを形にすることが大切なのだと感じました.

救命救急の仕事というものが
人と人とを結ぶ大切な絆であるということを
この記事で改めて痛感します.

世界中の悲しい出来事も、真摯に受け止めて
今、この場所で、自分になにができるかを
常に問い続けて、何かを始めたいと思います.

a0055913_23595275.gif

流星ワゴン
重松 清

 ひきこもり、暴力をふるう息子。浮気を重ねる妻。
 会社からはリストラ寸前……死を決意した37歳の僕は、
 死んだはずの父子が運転する不思議なワゴン車に乗り込んだ。
「死んでもいい」と思っていた。

 そして――自分と同い歳の父と出逢った。
 僕らは、友だちになれるだろうか?

悲しい過去、苦しい過去をいくら振り返ったとしても、後悔しても
現実は変えることはできません.

無くしたものは、もう帰ってこないし
逝ってしまった人々ももう会う事もかないません.

残された私たちにできることはなんなのか.
絶望に押しつぶされてしまうか.

でも絶望と後悔に押しつぶされた自分を、大切に思っていた人たちが
一体どう思うのか.

忘れ得ぬ思いを胸に秘めて、悲しみを前向きの力に変えて
取り合えず目の前のことに向き合って頑張っていきたいと思います.
by yangt3 | 2008-01-10 00:00 | ニュース