もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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悲しみが止まらない

少数精鋭というと聞こえがよいのですが
働けど働けど補給もなく
現場のことは現場でなんとかしろ!といわれ
それでも目の前の患者さんのために、身も心も削って
働き続ける医療スタッフがほとんどだと思います.

05年4月に起きたJR宝塚線(福知山線)の脱線事故で
現場で救助活動に携わった救急医師が
自ら命を絶ったというニュースには
本当に驚かされました.

1)-------asahi.com 2008.02.25
脱線事故で救急活動医師の自殺 過重労働が原因、父提訴
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200802250080.html

2)------MSN産経ニュース 2008.02.25
「過重労働で自殺」と提訴 JR脱線事故で尽力の医師遺族
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080225/trl0802252124018-n1.htm

救急の第一線で先頭にたって、多くの人命を救った医師が
なぜ自殺しなければならなかったのか.

人事ではない驚きと深い悲しみを感じます.

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JR福知山線脱線事故については
ウィキペディアに詳しいまとめの記事が掲載されています.

 ・JR福知山線脱線事故
  ----ウィキペディア
  http://ja.wikipedia.org/wiki/JR福知山線脱線事故

滋賀医科大から済生会滋賀県病院の救命救急センター長に
平成5年2月に着任された 長谷貴將医師(当時51歳)は
05年4月に起きたJR宝塚線(福知山線)の脱線事故で
現場で救助活動に活躍されました.

長谷先生の活躍については多くのメディアに取り上げられました.

 ・2005年4月25日 福知山線5418 M、一両目の「真実」
 http://www.kysd.net/fuku42509.html

 「長谷先生は、医師でありながら、私たち受傷者と同じ目線の高さで
 話されるのが印象的であった。
 あの日、あの現場でそんな長谷先生に巡り会えたことは、
 私にとって間違いなく大きなことだったのである。」

 ・脱線事故を冷静に見つめた被害者
 http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/bookreview/14/index2.html

 「救急医療にはトリアージという言葉がある。
 大規模災害時の医療では、多数の負傷者の状況を手早く判断し、
 どの順番で医療を施せば最も多くの命を救えるかを決める作業が
 不可欠だ。この順番付けをトリアージという。
 事故現場に入った医師は、素早くトリアージを行い、
 著者を最優先で救出すべしとレスキュー隊に指示を出した。

 医師は意識のある著者に、まず名前を名乗って、
 次いで点滴をしてもいいかと尋ねた。
 自分は元気だからと断る著者に、クラッシュ症候群の可能性があるので
 点滴が必要だときちんと説明をした上で、点滴を施した。
 クラッシュ症候群とは長時間の圧迫により筋肉が壊死し、
 圧迫から開放されたときにその筋肉から
 大量のカリウムやミオグロビンが血中に流出して
 ショック状態に陥ることだ。

 後に著者は、この医師が
 済生会滋賀県病院の救命救急センター長の長谷貴將医師であることを知る。
 長谷医師は緊急医療のエキスパートで、
 滋賀県から事故現場に駆けつけたのだった。
 誰に要請されたのでもなく、事故の規模からして
 近隣病院は手一杯だろうと判断し、
 自らの意志で事故現場に赴いたのである。」

こんな素晴らしい先生がなぜ?と思います.
こちらの記事に詳しい事情が書かれています.

---------YOMIURI ONLINE 2008.02.26
 瓦礫の下の医療象徴がなぜ
 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news/20080225-OYT8T00664.htm
 (以下記事より引用)

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 「代理人弁護士や遺族らによると、
 長谷さんの事故での活躍が多くのメディアに取り上げられた。
 病院は〈広告塔〉として、講演や研修活動に取り組むよう指示した。
 遺品の中から見つかった長谷さんの手帳には、
 スケジュールがびっしり書き込まれていた。

 しかし、病院側は長谷さんの赴任前から提示していた
 「(救命救急センターに)2人の部下を置く」という条件を実現させなかった。
 対外活動の比重が高まると、やっかみとも取れる不評が院内から噴出。
 ある同僚医師からは「それでも救急医か」
 「こいつの言うことは聞かなくていい」などと罵倒される
 モラル・ハラスメントも受けた。

 さらに、亡くなる前日には、長谷さんが準備に心血を注いできた
 済生会主催の学会で英国人医師を招請する企画をめぐり、
 事務担当者と対立。それまで企画を支援してきた病院幹部からも
 「一晩頭を冷やせ」と冷淡な態度で突き放されたことで
 「決定的に追いつめられた」という。
 (中略)
 長谷さんは少年時代から医師になる夢を抱き、
 金沢大医学部卒業後に滋賀医大へ移り、救命救急医療の道を志した。
 1991年5月の信楽高原鉄道事故をきっかけに
 災害医療のあり方を追究し続け、福知山線事故では志願して現場入り。
 大破した車内に負傷したまま取り残された乗客に
 「大丈夫です。頑張って」と声をかけて励ましながら、
 現場で点滴などの治療を施した。

 約13時間にわたる活動を終えたのは翌26日未明。
 ほかの医師らとともに、何人もの乗客の命を救った。
 「自分が死んでもいいと思っていた。とにかく被害者を助けたかった」
 と振り返ったという。
--------------------------------------------------------------------------------------

さらに別の記事ではこんなことも書かれています.

------MSN産経ニュース 2008.02.25
「過重労働で自殺」と提訴 JR脱線事故で尽力の医師遺族
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080225/trl0802252124018-n1.htm
 (前略)
  原告側は「病院側は対外的業務の増加にもかかわらず、
 人員を補充しないなど安全配慮義務に違反し、自殺に追い込んだ」と主張。
 これに対し病院側は「通常業務以外は強制ではなく、
 本人の裁量にまかせていた。
 時間の融通をきかせるなど協力しており、
 精神的に追い込むことはなかった」と反論している。
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救急医療は、命を懸けても成し遂げる価値があるものと信じています.
それでも多くの優秀な人材の自己犠牲のもとでしか
日本の救急医療を支えていく事ができない現状というのは
いったいどうなのでしょうか.

私自身は、「本人(医師)の裁量にまかせていた」という言葉に
過敏に反応してしまいます.

裁量にまかせるという言葉は、本当に便利な言葉であり
良い結果になっても悪い結果になろうとも
「裁量に任せる」と指示を出した上司が、その責任をとることは
あまりないように思います.

記事をみてみると救命救急センター長として赴任された長谷先生のもとには
2人の部下をおく、という条件で着任したのにもかかわらず
その後それが実現されないまま、医師1人の救命救急センターと
なっていたようです.

それがどれだけ過酷なことであるか.
起こるべくして起こった不幸な出来事としか思えません.

当院でも循環器救急を受け入れていますが
実質の循環器科医師は、私1人です.
この病院に着任以来、もう2年もたった1人の戦いを続けています.

救急も含めた循環器の診療を通常行う為には
最低3人の循環器医師が必要です.
もともと無理な仕事を続けています.

通常の循環器業務を行いながら
先日のような心原性ショックの患者さんが搬送されれば
たった1人で、ほとんどその治療につきっきり状態となります.

転院搬送が可能な緊急・救急症例においては
個々の判断において、スタッフの充実した後方支援病院、地域基幹病院に
患者搬送を行うこともあります.

とはいうものの、すでに救命のために人工呼吸器やIABP
持続血液ろ過透析などのさまざまな医療機器が装着されている場合には
搬送にもリスクが伴う事になります.

そういうぎりぎりの判断で、搬送も危険と判断されれば
自分の病院で頑張る事になります.

私どもの病院でも、裁量に任されている、というわけですが
どのような結果も全て治療する私に責任があります.

本当にかなりのストレスです.

ひとたび重症の救急が入ったら
人的にも全ての予定をこなす事はできないため
救急の治療に専念することになります.

先日の症例も、予定のカテや予定の治療を全て延期して
病院泊まり込みの治療となりました.

もしそれだけの手をかけなければ、おそらく救命は困難であったでしょう.

救急を受け入れた病棟スタッフにとっても
かなりの負担を強いる事になります.
患者につきっきりの医師と同様に、担当の看護スタッフも
勤務時間は、ほぼ重症患者につきっきりとなり
他の業務は行う事はできません.

少ない人数の中で、重症ケアに人手がとられて
穴の空いた通常業務は、他野スタッフが手分けしてこなす事になります.
本当に大変なことです.

医師1人の裁量にまかせる、という病院の対応では
最後は、医師もスタッフも燃え尽きてしまう事でしょう.

すでに事態は、病院個々の対応では、どうしようも無くなっていると思います.
日本全体として地域、僻地に至るまでの統一された
システムの構築とバージョンアップが是非とも必要です.

それにしても大切な人を失う悲しみが
いかばかりのものか.
故 古高先生を見送った日のことが
昨日のことのように鮮明に思い出され、涙はつきることがありません.

四十九日ー突然、息子が逝ってしまった

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陰山 昌弘 著
幻冬舎文庫

大切な息子を失った父親の悲しみに
涙があふれて、なかなか先を読み進む事ができませんでした.

「次郎、どうして落ちたんだ.
 次郎、あんなに安全だって言っていたじゃないか.
 次郎、なんで死んじまったんだ.
 次郎、なんで親を遺して勝手に逝ってしまったんだ.
 順番が違うだろう、卑怯じゃないか、次郎」

繰り返し、繰り返し、最愛の息子を失った悲しみに、父と母の心を
呪文のように繰り返される言葉.

深い悲しみの中で、四十九日の間に
遺された家族がたどりついた心の地平.

ぜひ一読をお勧めいたします.

人は1人では生きていけませんし
1人で頑張っているつもりでも、どれだけ沢山の善意の人たちに
支えられているか.


最後になりましたが
長谷先生のご冥福を心からお祈りいたします.
先生の遺志を継ぐためになにをなさなければならないか
1人ではなく皆で力を合わせていくことを
これから考えていきたいと思います.
by yangt3 | 2008-02-28 00:05 | ニュース