もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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僧侶から医師へ

医学生の頃は、同級生というと、高校から現役で入学した人だけでなく
さまざまな経歴の人たちがいたものです.

法学部、教育学部や理学部、工学部など医学部以外の大学に一度は入学したものの
再度、勉強して医学部に入り直した人もいました.

もちろん駅前留学してから(つまりは浪人して予備校)
医学部に入った人もいました.

高校生活しか知らない いわゆる新人医学部学生にとっては
そういった いろいろな経歴を経験した人たちが
妙に大人びて ちょっと格好良く見えたものでした.

ペーパー試験であれば、教科書の勉強と記憶力、暗記力がカギとなるわけですが
実際の臨床の現場では、なかなか教科書通りにいかないことも多く
さらには生身の人間相手の仕事ゆえ、もっと幅広い能力が必要となります.

研修医時代にも、患者さんや家族とあっという間に仲良くなって
心を開いてもらうのは、教科書とは関係のない一種の才能であって
そんな同僚がやはりうらやましく思えたものでした.

医療という仕事が人間相手である以上、科学や技術やエビデンスに加えて
個々の人たちへの向き合い方、付き合い方が
よい医療の大切な一部分であるようです.

ちょっと回り道なようでも、医師、医療職に関わる人は
医療以外のことをもっと知る必要があるのかもしれません.

僧侶から医師となり「僧医」となった方がおられるそうです.

 1)医師になった僧侶 「人生完成させる」手助けに
 http://www.asahi.com/health/news/TKY200904250146.html

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(以下記事より引用させていただいています)

  医師は人の体を診る。僧侶は「いのち」を見つめる。
  その両方ができれば、
  病む人の苦悩を丸ごと受け止められるのではないか。
  ならば、と禅僧の対本宗訓(つしもと・そうくん)さん(54)は
  医師になった。みずからを「僧医」と呼ぶ。
  その目には何が見えてきたのだろう。

  医師国家試験に合格、2年間の初期臨床研修をこのほど終えた。
  クリニックには4月から週3日のペースで勤め始めたばかりだ。
  「技術はなおトレーニング中ですが、臨床ではもう独り立ち。
  下町のホームドクターとして、どんな病気でも拝見しなければなりません」

  かつては臨済宗の一派の管長だった。広島県にある本山は600年の歴史を誇り、
  38歳での最高位就任は異例だった。

  一方、胸の内では「いのちとは何か」という問いが膨らんでいた。
  きっかけは、父親が長い闘病生活の末に亡くなったことだ。
  管長になる3年前である。

 「人にはこころだけでなく、肉体という側面があります。
  老・病・死をめぐる苦は体と切り離しては考えられませんが、
  僧侶には医学の知識がない。医療現場に飛び込み、
  人間という存在を考えねばと思ったのです」

  管長の重責をこなしつつ、医学部を受験しようと決めた。
  禅の道場は朝4時起床。睡眠を1、2時間に削り、
  勉強する日がたびたびあった。

  2000年の春、帝京大学医学部に合格した。
  平日は東京、土日は広島という生活だ。
  トップみずからの行動に「伝統に安住せず、
  現代にどんな役割を果たせるかを一人ひとりが問い直そう」
  とのメッセージをこめた。しかし共感は広がらず、その秋に辞任した。

  医学部に入り、人体を冷徹に見ることを迫られた。
  2年生での解剖実習では、「メスを入れるのは抵抗感がありました。
  申し訳ありません、という気持ちです」。
  献体された遺体を切ったときの感触はいまも残る。

  初めて看取(みと)りを任されたのは、卒業後の臨床研修に入って3カ月目。
  50代半ばの男性が最期を迎えようとしていた。
  見守る家族はおろおろするばかり。
  そのとき患者が、懸命に呼吸補助装置を調整する対本さんの手をつかみ、
  酸素マスクの下から息たえだえに、こう言った。

 「私はなぜ、こんな思いをしなければいけないんですか」

  医療を超えた問いである。「
  その瞬間、頭の中で何千冊もの仏教の本のページが
  パラパラッとめくられた気がします。
  気の利いたことばは何も出てきません。現場にあるのは個別の苦悩。
  対応するのがいかに難しいか、痛いほど実感しました」

  そんな「逃げようのない場」では、自分を空(くう)にしなければと気づいた。
  「ただし軸足は定まっていて、柔軟に相手に合わせる。
   それには、よほどの力をつけないと」
 (後略)
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医療の世界に、こうした様々な経験を持ち合わせた方が
入って共に働いていただけることは大きな喜びです.

山積する医療の問題も、様々な人たちの知恵と努力を集めれば
なんとか解決策が見つかるのではないかと期待します.

しばしば医療の世界では、その密室性が問題視されるのですが
逆にいえば,医療の現場は、記事にあるように
非常に過酷な世界でもあり、まさしく個別の幾万もの苦悩が
満ちあふれているわけです.

外からでは、なかなか見えないこと、わからないことも多く
そして一般論や教科書的な対応やタテマエ論では
医療の現場では、あまり役に立たないということも多いです.

この僧医の先生のように別の世界から
勉強し直して医学部に入って医師をめざすというのは理想的ではありますが
沢山の才能や知恵を医療の現場に集めていくためには
あまり現実的ではないかもしれません.

医師や看護師、医療スタッフの専門学校に行かずとも、
専門試験の合顎を待たずとも、
いろいろな形で、いろいろな経験のある社会の人たちが
医療の現場のまさにその中で、生きた知恵を提供してもらえるように
なるとよいと思います.

問題解決のためのは、まずは現場に来ていただいて
共に汗と涙を流して現場を体験していただけるようにと思います.

逆に現場の私たち医療スタッフも
いわゆる専門バカ と呼ばれないよう心がけたいです.

現場で煮詰まってしまったら、
修行の旅に出た方がいいのかもしれませんね.

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by yangt3 | 2009-04-26 00:01 | ニュース