もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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カテゴリ:忘れ得ぬ患者さんたち( 2 )

忘れられぬ患者が幾人もいらっしゃいます.
ずっと昔の話です.
内科研修医として受け持っていたC型肝硬変の患者さんでした.
幸いに肝臓ガンは併発していなかったのですが
極度の肝硬変に食道静脈瘤、胃静脈瘤を併発していました.
消化器内科の先生と共同で内科的治療を続けていました.
肝硬変悪化による肝性昏睡のため、何度も入院を繰り返していました.
食道静脈瘤の治療のために何度も胃カメラを飲み
何度も食道静脈瘤硬化療法を施行されていました.
(まだその頃は、硬化療法が主流で、EVLが一般的でなかった頃の話)

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・まだ私が研修医のころは、食道静脈瘤に対しては、硬化療法が主流でした.
これは、内視鏡下に専用の細い穿刺針を用いて
食道静脈瘤を直接穿刺し,EOと呼ばれる硬化剤を注入し
食道静脈瘤を薬物で硬化させて治療する方法です.
・EVLは、食道静脈瘤結紮療法のことで、これも内視鏡下に
食道静脈瘤を専用の細いバンドで結紮し治療を行う方法です.
現在では、こちらの方が主流です.

胃静脈瘤が増悪してきた時には、
まだその頃、東海地区では、あまり行われていなかった
BRTOという、カテーテルによる胃静脈瘤の塞栓療法も
行いました.
治療だけをとってみれば、かなりハードな治療内容であり
肝臓病の常として、何度も繰り返し、繰り返し治療を受けなければなりません.

この患者さんは、誰に対しても嫌な顔を一つせず
療養にはげんでおられました.
働き盛りの息子さんと、奥様がいらして
家族の方にも心配かけぬ様に振る舞っておられる風でした.
入院中にも、医師にも看護師にも 自分から 明るく挨拶をされていました.
トイレとかで席を外す時にも、枕元には
「いつもお疲れさまです.」と書かれたメモが置かれ
あと自分の体調とか、体温とかが書かれていました.
そんな 人でした.

肝硬変という病人ではなく、
1人の人間として、家族を背負って、病と闘っていることでした.

医療者は、病を診るのではなく、そんないろんな物を背負った
人間を診なければいけないことを教わったような気がします.

残念なことに、その後も入院を繰り返すうちに
あらゆる内科的治療を行っても
彼の肝機能は、どんどん悪化していきました.
肝硬変が進行し、肝性昏睡を短時間の間に繰り返すようになりました.

苦しい息の中でも、最期まで、家族、奥さん、息子さんへの
優しい言葉を忘れず、
黄疸と腹水で意識がもうろうとなっているであろう時も
私たち、医療者へ、感謝の言葉を忘れない人でした.

その人は、最期まで 微笑みを浮かべているかのように
穏やかな顔でした.

そんな彼を、最期の時まで
私が主治医として、逃げることなく、受け持たせてもらったのが
私のささやかな誇りです.

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病気を直し、克服していくのが我々医療者の、一番の仕事ですが
たとえ、病気を直すことができなくても
それ以外にもっと沢山 目の前の人に
医療者ができることが一杯あるということを
彼に教えられたのだと思います.
by yangt3 | 2006-02-06 08:50 | 忘れ得ぬ患者さんたち
昔、受け持った患者さんの話です.
もともと慢性閉塞性肺疾患(COPD)による
呼吸不全で入院を繰り返していた方がおられました.
在宅酸素も行い、入院の度に
今度は、だめかも...と家族に説明していました.
体は小柄な人でしたが、いつもぎりぎりのところで
回復しては、また家に戻って行きました.
最期の入院は、最もひどく
気管拡張剤、ステロイド、抗生物質など
いろいろ手は尽くしましたが
次第に呼吸不全が悪化していきました.
奥さんに、ご主人の病状をよく説明し
これ以上の救命は困難であるとおつたえしたところ
挿管、人工呼吸などの延命処置は希望されませんでした.
「いままでやることはやって、手は尽くしたのだから
これも 主人の寿命だと思って諦めております」
といわれました.

普段気丈な奥さんでしたが、
ご主人の息が次第に不規則になり、あえぎ呼吸になるにし従って
奥さんも、いてもたってもいられないという風でした.
少しずつ、心電図が徐脈となり、補充収縮となり、
呼吸も微弱になっていきます.
最期には、幅広いQRSとなり、呼吸が停止し
心電図もフラットになってしまいました.
心電図をじっと凝視していた奥さんでしたが
心電図がゼロとなった途端
半狂乱の様相で
ご主人の耳元に口をつけ
「あんたー、まだ逝ったらいかんよ、戻ってこないかんよ」と
大声で叫んでいました.

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不思議なことに
その奥さんの一言でフラットだった心電図波形が
再び、動き出しました.呼吸もまた出てきました.
もちろん、その後数十分ほどして
今度は、完全に呼吸も心臓も停止したのですが.

2回目の心臓停止の時には
奥さんは、静かにご主人の手を握りしめて
黙って顔を見取っておられました.

改めて、夫婦のきずな、人間のきずなというものに
心打たれます.
まさしく、この時の奥さんの言葉が
一時的にせよ、ご主人を蘇生させたのです.
この時ばかりは、除細動でもなく、心臓マッサージでもなく
奥さんの心の底からの叫びが、ご主人の心臓を
再び動かしたのだと思います.

人間というのは、不思議で、
そして命はやっぱり尊いものです.
ここまで深い人と人との繋がりがあるということを
教えられた そんな経験でした.
by yangt3 | 2006-01-31 14:34 | 忘れ得ぬ患者さんたち