もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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忘れ得ぬ思い

再び、私の恩師 師父 古高先生について書きます.
古高先生は、病院の激務のさなか、2003.10.10 日に急逝されました.
当日も朝から夕方まで二人でカテーテル三昧の日々でした.
最後に治療したかたは、左前下行枝の99%狭窄による不安定狭心症でした.
ステント植え込みを行い、良好な拡張となり無事に治療完了しました.
その夜、ご自宅に帰られてから夜おそくに
突然 古高先生の時間が流れを止めてしまったのです.
それからの家族の悲しみ、残された患者さんの悲しみは
言葉では、尽くすことはできません.
そしてなによりも、志半ばで人生が止まってしまった古高先生の無念は
どれほどのことでしょうか.
それから約2年あまり、春日井高蔵寺駅前の病院のただ一人の循環器医として
古高先生の遺志を継ぐものとして
あとで、天上界で、古高先生に叱られないように、ひたすら突っ走ってきました.
いまも、古高先生の暖かい微笑みが 目に浮かびます.
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by yangt3 | 2005-10-31 23:56 | 古高先生の想い出
春日井高蔵寺駅前にある前任地の病院で
循環器の生涯の師匠にであいました.
故 古高 秀喜 先生です.
循環器、心臓カテーテル検査よよび治療
医師としてのあらゆることを 古高先生からたたき込まれました.
以来10年以上、古高先生と循環器の仕事を続けてきました.
やっと最近になって、古高先生も微力な私を頼りにしてもらえるように
なったところでした.
羅先生は、カナダに旅立ち、古高先生、浦先生、私の3人の
時代は長く続きました.
バルーンだけの時代から カテーテル治療をともに行いました.
歴史的なPalmaz-Schatzステントの導入.
その後のWiktor ステントから次々と新しいステントの使用.
合間には、DCA を行い症例をともに重ねてきました.
経皮的人工心肺装置(PCPS)がまだ一般的でなく、現在のようにまだ
携帯できるような大きさでもない時代に、PCPSを二人で使いました.
心原性ショックの患者さんで、カテーテル治療のあと、ショック離脱できず
業者さんに、その当時の大きな機械のPCPS(冷蔵庫みたいだった)を病院に
もってきてもらい、その患者に装着.集中治療管理を続けなんとか救命しました.

できないことをできないと突き放すのではなく
できもしないことを安請け合いするのでもなく
患者さんのために、なんとかしようと、古高先生と頑張った時代でした.

古高先生については、まだまだ続きがあります.
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by yangt3 | 2005-10-31 20:23 | 一般

はじめまして

はじめまして
東可児病院 循環器科の進です.
7月1日より 東可児病院に着任しました.
春日井の前任地では、心臓のカテーテル治療を中心に行ってきました.
東可児病院で、今後、同じように
カテーテル治療、循環器診療を行っていきます.
周辺のみなさんのご要望にお答えできるように
これからもがんばりますのでよろしくお願いします.

東可児病院の公式ブログとして
このブログを立ち上げました.

これから、いろいろ内容も充実させて行く予定です.
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by yangt3 | 2005-10-31 16:45 | 一般