もはや東可児病院循環器科の非公式ブログです(^.^)


by yangt3
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四日間の奇跡

その昔、まだ薬剤溶出ステントも
そして普通のステントもまだ使えなかった頃の話です.
(そんなに昔のことでは、ないですよね)

冠動脈の狭窄や閉塞に対しては
今から比べれば、はるかに性能の劣る
バルーンしかなく、ただひたすらバルーンで病変を
拡張するしか、治療の方法がありませんでした.

当然の事ながら、バルーンで拡張しても
病変が十分に広がらなかったり、または
冠動脈の解離を起こしたり
いわゆる「急性冠閉塞」という合併症に苦しんだ時代でもあります.

Perfusion Balloonと呼ばれる、長い時間、冠動脈でバルーン拡張しても
バルーンの側孔から冠動脈の血流が保たれるという
特殊なバルーンを用いて、5分とか10分とかの
長時間拡張を行っていました.

それでも冠動脈血流が改善しない、閉塞したままという場合には
IABPを装着して、緊急バイパスのために心臓外科に
依頼することもままあった時代でした.

治療のための武器が限られた昔
循環器科医も、無力感になんども打ちのめされた時代でした.

四日間の奇跡_a0055913_062615.gif





首尾よくバルーンで、冠動脈の狭窄を拡張し
病棟に戻ってきた途端に、再度発作がでて
カテ室に舞い戻るというようなこともあった時代でした.

心原性ショックや心肺停止、心室細動で運ばれてくる症例に対しては
今とは比べ物にならないほど、循環器科医にとってはストレスでした.

バルーンだけで、こうした超重症の急性心筋梗塞や不安定狭心症に
立ち向かう事を想像してみてください.

今では、薬剤溶出ステントや様々な性能のよい治療デバイスが
すぐに使用できる状況にあって
昔であれば、救命できなかった症例や緊急バイパスになっていた症例も
循環器科によるカテーテル治療だけで
かなりの患者さんを救命できるようになってきました.

そんな昔、昔の話です.
とある夜に救急外来からコールがありました.
60代の男性が心肺停止、心室細動で搬送されてきたとのこと.

ERにあわててかけつけると
すでに多くのスタッフが患者さんの回りに集まって
心肺蘇生を行っていました.

CPRを行う事しばし、 ボスミン投与を含めた様々な薬剤投与に
カウンターショックを行い、なんとか自己心拍の再開が得られました.

急に胸痛と呼吸困難が出現し、家人の車で病院に向かう途中に
意識がなくなり、病院にたどり着いた時には
心肺停止状態だったのです.

経過から急性心筋梗塞と考えられたため、人工呼吸、IABP装着のうえ
緊急心臓カテーテル検査を行いました.

冠動脈造影の結果では、右冠動脈の起始部にて完全閉塞を
認めました.

その時は、ステントもまだ市場にはなく
なんとかバルーン拡張のみで、冠動脈血流を再開させる事が
できました.

その後は数々の苦難はあったものの
人工呼吸をはずし、IABPをはずし、なんとか
一般病棟に退出でき、歩行もできるまでに改善されました.

幸いにさしたる後遺症も残さず
心臓発作の再発もなく、長い入院期間とはなりましたが
無事に退院にまでこぎつけることができました.

この患者さんにおいては
病院搬送前に心臓が停止し(心室細動)
病院での心肺蘇生で自己心拍が再開するまでの時間は
いわゆる臨死状態であったわけです.

参考までにと心臓停止で意識がない状態の記憶について
元気になったその患者さんに
訪ねてみた事があります.

曰く「なにも覚えていない」だそうです.
病院に向かう途中に苦しくなって
気を失ったところまでは覚えているが
気がついたら病院のベッドで治療を受けていたということです.

せっかく元気になって退院され
職場復帰もされたその患者さんは、
突然の交通事故によって亡くなられてしまいました.

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メグ・ライアンとニコラス・ケイジ主演の
ちょっと昔の映画「シティ・オブ・エンジェル」の中の
一シーンを思い出します.
メグ・ライアン扮する心臓外科医が一人の男性に
バイパス手術を行います.
手術はうまくいったものの、心臓は動かず、必死の心肺蘇生にも
かかわらず、その患者さんは亡くなってしまいます.

ニコラス・ケイジ扮する死に行く人を道案内する天使が
その様子を見守っています.
この人は、天に導かれる運命だったのだと
天使が主人公を慰めるのです.

もしくは故 丹波 哲郎さんの 映画「大霊界」において
死に行く自分を、もう一人の自分が見下ろしている
そんなシーンを思い出します.

救急の心臓疾患に日々接していると
否応なく、こうした突然の予期せぬ死を看取る事が多くなります.
直前まで元気にされていた方が
突然の心臓発作や脳卒中、もしくは不慮の事故などで
命を落とすというのは本当に悲しい事です.

自分でも何が起ったかを意識する時間も与えられない.
大事な家族や大切な人に何かを伝える時間も与えられない.

そして残された人にとっても
最後の時がどのようなものであったか.
苦しくはなかったか、痛みはなかったか.
なにか伝えたいことがなかったのか.
これまでの人生が幸せだったのか....
さまざまな思いが込み上げて留まる事がないでしょう.

無言の笑顔でたたずむ遺影を前にして
私たちは言葉を失ってしまうでしょう.

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四日間の奇跡
宝島社文庫
浅倉 卓弥

映画にもなってご覧になった方はおられるでしょうか.
ピアニストの道を閉ざされた青年と
両親を失い障害のために言葉も不自由な少女の
不思議な出来事の話です.

残される大切な人に
どのようにして思いを伝えていく事ができるのか.

死というものが、誰もが避けられない物である以上
そして大切な護るべき家族がある限り
この書に示された奇跡を
我が身にもと、思わずにはいられません.

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by yangt3 | 2007-08-08 00:08 | コーヒーブレイク(雑談)